会津の人   山のエッセイではありません。恐縮です。

 台風の接近で、不安な雨を翌朝まで持ち越し、夫は「いわき」へと発ってしまった。
一人残る私は、見知らぬ街で、時間調整の会津見物に興じなければならない。
自慢ではないが、筋金入りの方向音痴。ホテルから目と鼻の先にある「野口英世青春館」さえ見つけられず、赤の他人の家へ入り込む始末。
「ハイカラさん」に乗って一日市内周遊を目論むも、バスの乗り場探しに手間取ってしまう。

途方にくれて、会津の景観を色濃く残す歴史的な建物に足を止めては「すいません」と分け入って、道を尋ねる。

古い商家を改造した土産物屋は、大きな梁を渡しかけた吹き抜けの天井と、入り口いっぱいに並べられた小間物を好対照に、訪れた人の時間を止める「魔力」を持っている。

駄菓子資料館、町方伝承館、驚いたことに、どこへ入っても
「まぁどうぞ」
と、お茶が出てくる。
ポットにたっぷりと用意されたお茶は、誰でも自由に飲めるように店の片隅に置かれていて、決まってそば茶である。

それを和菓子の試食と共に、勧められるまま口に運んでいると、みるみる水腹、砂糖漬け、になってしまった。

漬物、佃煮の類を店頭の大樽に、うずたかく積んだ店先で、つと足を止め、
「ここならいいか」
と、そっと覗き込む。 
「いらっしゃい、奥にも色々あるから見ていって。」
といっても、店は奥まで筒抜けで、扉もない、失礼だが、バラックである。
「これはとち餅、地元の栃の実で作ったんで。こっちは会津のつと豆腐。」
店主のじいさんは、私の目線を追って、どんどん商品の紹介をしていく。
「で、どこから来なさった。」
「大阪から」
「そう、大阪のぉ。タイガースの。」

 実は、わしは、生まれてこの方70年間、阪神ファンだというじいさん。巨人が好かんで、関西に住んだ経験もないが、阪神勝利の翌日には、必ずこの帽子を被って仕入れに行く、と指差す頭には、阪神マークの入った真っ黒い野球帽が。
といっても、白地に縞模様ではないので、言われなければ、そうとは気付かない。


「ほんま、そうなんや。」
いつの間にか私は、汲んでもらったそば茶を両手にはさみ、囲炉裏端に座り込んでいた。
「夜行バスで『郡山』に来たんよ。おとといは『磐梯山』に登って、昨日は車借りて『駒止湿原』のミズバショウでしょ。尾瀬は未だだけど、こっちは満開だった。で、今日は会津見物して、もうすぐ帰るの。」
 ついつい心を許し、まくし立てる私の言葉を丁寧に追いながら、じいさんは笑顔でうなずく。

「やぁ いらっしゃい。」
なじみ客の到来に、自然な動作で汲まれるそば茶。
「この人はな、大阪から来なさった、えろー山好きのお人なんやと。」
たった今、出会ったばかりのじいさんに紹介され、私は、照れくさそうに席を譲って、一ヶ月間日持ちするという『つと豆腐』の包みをもらった。
「これ、阪神ファンで、豆腐の大好きなダンナと食べるわ。」
「あぁ、こん次は、ご主人とおいでな。」

 新撰組で今ブームの会津若松は、広大な松平家の墓所、慎ましやかな近藤勇の墓、鶴ヶ城を望む白虎隊の墓など、墓参り一つとってもテーマ性のある観光ができる、重みのある街だ。
いける口なら、日本有数の味を誇る銘酒を求めて、酒蔵めぐりをするのも楽しい。
でも、もし機会に恵まれれば、ふと立ち止まった街角で、奥州人の素朴で暖かいもてなしに、思いがけなく触れてみるのも、いいかもしれない。

ハイカラさん
一日切符500円
野口英世
青春館
エントランス
近藤さんの墓 鶴ヶ城を望む
白虎隊
鶴ヶ城
荒城の月の
モデル
じゅうねん餅
色は悪いが美味
井村君江
妖精美術館
駒止湿原
ミズバショウの群落